小会議場から何かへ愛を込めて

犬(小会議場の)、おおよそだが38.486kmを歩き東京へ着いた。途中からJRで来た。

片道切符で来たものの、駅前はごった返していた。かんかん照りの夏は、長く続いたびちゃびちゃの梅雨を突き抜け現れ、これ見よがしに幅を利かせては、ふんぞり返り、後輩にあんまり甘くない方のポカリスエットを買いに行かせたりしていた。しかも気温も湿度も異常に高く、どこもかしこもスチームサウナのようであり、終いには実家の裏に住む無頼でおなじみ重松のおじ様が日焼け止めクリームとメンズ用日傘を購入するほど暑い夏であった。そこそこ涼しいとされている奥多摩まで逃げ延びたとしてもまだ暑かった。

辿り着いたのは新宿駅。新宿の駅。祝いの車と警告の車が両方こぞって走っている。

東京の繁華街といえば色んな良い思い出を忘れるような匂いが数メートル置きに漂う。ここ数年新宿は渋谷や池袋などの賑わいと繁華っぷりのトップ争いならぬトップ譲り合いを続けている。どうぞどうぞ、と吐く息がこの後の予定を忘れさせるわ、皆の中で構築された意識みたいなものを両腕で崩すわ、もう堪らない。行けば行くほど記憶を失う。もし無責任な気持ちで例えるとすると、貸したら貸した分だけの金をパチスロに使い込む放蕩者の友人、もしくは使えば使うほどマイルが溜まるJALマイレージクラブカードみたいなものなのかもしれない。

オレ達もうこんなところ嫌だよ、と駅前で野鳩が集う。彼等がその思いの丈を打ち明けあっても事態は進展せず、明日には今日と同様かそれ以上の勢いで町には全国から溜息とかボヤキとかが集結する。しかも野鳩達は痺れを切らして集いの開催場所を港区側へ徐々に移動する始末。あれこれ、どん詰まりであった。

 

そこで小会議犬、ある重大なことに気付く。家に財布を忘れた。何故今の今まで気づかなかったのか。朝飯もそこそこに済ませてきたし、水も猛烈にペチャペチャやってから自宅を出たので喉も乾かず、ドアトゥードアー、財布を取り出す機会が無かった。

こんなに歩いて辿り着いたのに参った。今から取りに戻ったらまあまあの時間がかかるな、どうしようかなと駅の方に引き返しかけてはやめて、また振り向いては向き直す。状況的に4本足で立ってて良いのかどうかも分からず、敢えて後ろ左足だけを浮かして3本足で立ってみてしまう程には迷っていた。昼休みが終わるので職場に戻る人々の中、途方に暮れた。

そこで思う。家とは何だ。そんなものどこにあるのか。自分に家があるのかどうか覚えていない。

そもそも自分は時間貸しの会議室が管理する者だ。持ち家が無い。結局は誰かの所有する空間へ帰る。

誰かが管理する箱の中に属する者は誰かの持ち物なのだろうか。

来た道を戻ればそこに着くのか?38.486kmの道のりを戻った先に元いた部屋があるのか確証が無い。

どこにその場所があるのか。変な匂いを嗅いだからわからなくなった。

ワンワン、ワン。