小会議場犬VS中ジープ大荷台牛

日暮里熱砂漠にやってきた大大漁舟小会議場犬だったが、街は完全に荒廃しており、サンダル履きの老け若者が路上にタムロし、しゃがみこみながら黄色いタバコを吸っていた。しかも店はサークルKサンクスしかなく、そのいずれも店頭に灰皿5台置きという有り様だった。

走る車は全てカーキのジープで、荷台には大勢の牛が乗っている。牛は「モー」では無く「ミー」と鳴き、それを文字起こしすると「ME」の発音で鳴いていた。すなわちそれは牛なりの自己主張なわけで、小樽はどうやら小雨が降っているとのことだった。何故今のところ全て過去形で文章が進んでいるかというと、目の前の光景が到底安堵して見れるものではなく、今すぐ過去のこととして片付けたいからであった。

牛に向かって「YOU」の声を投げかけると、強めに「ME」と返してくる。そして「この世は苦しみばかり」と投げかけると「MU(無・虚)」と返してくるのだった。

それは犬語に訳せば「なにもないじゃない」という意味で、驚くことに上から読んでも下から読んでも「なにもないじゃない」となる。更に驚くのは上から読んでも下から読んでも「なにもないじゃない」にはならないことだ。

犬は牛達のその達観した心境に感心した。牛達の人生に自由は存在せず、何を望んだところでどうせジープで運ばれることは決まっており、そこから降りたとて牛が自給自足できる社会ではない。それならばこの世は「く」ではなく「む」なのだと思う方が幸福でいられる。牛はほんの僅かでもHAPPYでありたいという考えを持っていたのだった。

この悲しい車を操縦している人間の顔が見たいと思い、犬は次に走ってくるカーキジープの運転席を見た。人は乗っていなかった。ウォーターサーバーが運転席に座っていた。

そして犬は踊った。踊ろうと思っていたわけでは無く気づけば踊っており、バブル景気に浮かれていた頃の日本に捧ぐような軽薄な踊りを踊るしかない心だった。その犬の心。それは今や丸めたコピー用紙のような心だった。その紙玉を解くと中には今年度の備品購入費のリストが印刷されている。右下には総務部の代表者の氏名と印鑑が。ベルボトム一朗太。恐らく長男。実家は九州。元々は宮田という名字だったが、祖父が60年代にカウンターカルチャーの急先鋒で完全にヒッピーの一味だった為に、宮田をベルボトムと読むよう役所に届けを出しこの名字となった。

そんな男の悲哀さえ今の犬の心には沁みる。どこの会社かもわからないどこかの総務部長。この熱砂漠を早く抜け出しそいつに会いに行きたい。しかし砂漠の終わりは見えない。犬は思わず「MU」と吠えた。

 

という夢を見て目を覚ます。そこはやはり小会議場。並べた椅子の上に横たわっていた。

長机に目をやると大きなカステラの箱と「種田甚吉先生の長崎興行、行ってきました。」と書かれたA4のコピー用紙がある。

そうか。バード山下からの差し入れが嬉しく、私はその場で3回飛び跳ねた。

窓の外に目を向ける。熱砂漠。遠くで犬が吠えている。そして犬とは何の関係も持たない、雲のように白く輪郭のぼやけたとてつもなく大きな「MU」の文字がこちらに迫ってきている。私は怖くなり小会議場を退出した。